お店紹介

歴史とともに時代を超えて受け継いだ長の印。

毎度当店をご愛顧いただき誠にありがとうございます。
当店は1841年(天保12年)に糀屋善兵衛として商いを始め、現在まで手作りの味を守り続けてまいりました。 目まぐるしく変化してゆく時代の中で、素朴さ懐かしさを感じる当店の品をぜひご賞味ください。

当社カネチョウの印は、残念ながら何時の頃から、どのような由来があって使用し始めたのかは判明いたしません。 しかし、先々代善兵衛(幼名恒蔵)の話によりますと、「先祖は元禄(1688~1704)の頃より代々善兵衛を名乗っており、約170年前の長吉と名前の付く先祖が長の印を用いたのが始まりだろう」ということです。 深瀬家の先祖は、代々農業と兼ねて麹を製造し、印役村内販売人により村山地方一円に渡って、造り酒屋と自家用酒の麹を製造販売しておりました。印鑰神神宮の縁起に依れば、「昔、天平9年(738年)大野東人が京より東征に下りたる際、伊勢神宮より御守印として納め神明宮と称してお祭りし、随行し来る深瀬信清、原田種陰社守として残留させ、麹造り御神酒造りを伝えたり、是が印役村の初めなり」と伝えられております。 江戸時代後期の家財や諸道具、麹醸造器具には長の印が書き入れられ、焼印が押してあります。現存する糀通い帳からも、長カネチョウ糀屋善兵衛として天保11年(1840)頃には商いをしております。

これらのことからも、深瀬家の歴史とともに長の印が時代を超えて使われてきたことが想像できます。  麹造りは印役村、山家村の独占にて、糀屋善平衛は天保、嘉永、安政、文久、慶応、明治に渡って山形市近辺の酒造業等にも麹を提供してまいりました。明治時代になると、酒造業と麹製造業は免許制となり、税務署は密造を1840年頃使用の通い帳防ぐため、厳重な取締と監督を行いました。そのため、麹は味噌・甘酒・漬物用が主となり、村内の販売人は村山全域に渡って売り渡り、また、醤油醸造元へも受託製造して麹を届けるようになりました。(麹製造免許制は戦後廃止となりました。)味噌は昔から自家醸造が主でしたが、明治末頃、味噌製造業として成り立つようになり、先々代善兵衛が味噌製造販売を始め、この頃、小判型の枠の中に、長味噌と入れて拾貫樽、五貫樽等に焼印を押して印としたのです。統制時代もこの印「小判の味噌」として好評を得たのでそのまま使用し、昭和28年には株式会社組織とし、長カネチョウ味噌の商標として、現在使用している次第です。

商品は深瀬善兵衛商店にてお買上げいただけます。

お近くまでお越しの際は、ぜひお立ち寄りくださいませ。また、その他販売店として下記のお店にて当社商品をお買い求めいただけます。

・JAやまがた直売所(南館店・鈴川店・紅の蔵店)
・moh'z(旧 元気市場たかはし(元木店))
・元気市場たかはし 上町店
山形県観光物産会館